自分の人生、他人の人生

私は大学生だった時、小学生~浪人生を指導する個別指導の講師としてアルバイトをしていました。大学に入学してすぐの5月から勤めていて、留年や何やかんやを経て大学院修了まで勤めていたので8年近くその個別指導ではお世話になっていたことになります。

それぐらい長く勤めていると、指導方法のコツもつかめますし周辺の中学校・高校の状況などにも自然と詳しくなってきますので アルバイト後半の3年くらいでは私はそこの個別指導で一種の名物講師として扱われるようになり、自分指名で授業を受けに来てくれるような生徒・保護者の方もいてくださるような大変ありがたい状態でした。

しかし私も一介の学生でしたので、大学院を修了すれば社会に出ていき自然とその個別指導を去ることになるわけです。 すると、当然自分の学生生活が残り1年の状態で例えば高校1年生の子が新しく担当生徒になったりすると、 「あぁ、この子の大学受験までは自分は面倒を見てあげることはできないんだなぁ」ということが分かってしまうわけです。 なので大学院1年生の時には担当している生徒全員、まれに保護者の方にも、自分は来年にはいなくなるから、ということを伝えて自分が個別指導を去った後の勉強スケジュールなどについていろいろ話をしていたのです。

しかしいざ大学院1年生で就職活動を迎えると、結果として自分が納得できるところから内定をいただくことができず、就職浪人をすることになりました。すると必然的に学生期間が1年伸びることになるので、個別指導での勤務可能年数も1年伸びることになるのです。私は改めて生徒達に、もう1年勤務できることになったということを伝えました。自分の在籍が1年伸びることで、高校や大学の受験まで面倒をみることができるようになる生徒が相当数おりましたので生徒も保護者の方も大変喜んでくれました。

しかし人生というのはどうなるか分からないもので、自分が就職活動をしている際には内定をいただくことができなかった企業が正規のタイミングではない時に臨時で採用の募集を出していたので、ダメ元で応募してみたら見事採用になったのです。その企業の方と大学院で所属していた研究室の教授と相談させていただいた結果、通常は4月1日に入社ということになるのですが 私は大学院での研究が新しいフェーズに入っており、とてもではないが4月1日の入社はできそうにないということで、半年遅れの10月1日入社にしていただくことで話がまとまりました。

しかしここで個別指導のほうで新しい問題が持ち上がります。私は終了を1年遅らせることにしたわけなのですが、前述の採用決定により修了の遅れが半年で済むことになってしまいました。そうすると当然受験まで面倒を見てあげられるはずだった生徒達もそうはいかなくなります。私は改めて事情を伝え、受験まで面倒を見てあげられなくなったと伝えました。生徒たちは文句を言う子もいましたが就職決まってよかったね、と祝福してくれ私はこの生徒達のために残りの期間頑張ろうと心に決めました。

しかしそんな中で、ある高校生の保護者の方が突然校舎に来られて、ものすごいクレームを付けられました。 その保護者の方曰く、私は一度その生徒の受験まで責任を持つと言ったのだからあと1年個別指導に残ってその生徒の受験勉強を支えるべき、とのことでした。 生徒自身には話をして納得をしてもらっていたのですが、どうやら保護者の方はそうではなかったようなのです。

私と教室長で事態の経緯を全て説明したのですが、その保護者の方は「そんな内定取り消してもらってうちの息子の受験勉強を支えろ」の一点張りでした。埒が明かなかったので途中から私は話し合いの場には参加せず、すべて教室長の方が対応してくださるようになりました。最終的には当時私と同じくらいの年次で同じぐらい名物講師と言われていた他の講師の方がその生徒を引き継ぐ、ということで話がまとまったのですが受験という人生の一大イベントにおける、こういった「講師・先生」といった人の影響力は本当に大きいものなのだなぁと改めて実感することになりました。